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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

データ喪失(レンタルサーバ事件)

IT関連判例の紹介シリーズ第3回。ホームページのデータを管理・保管していた業者のミスによるデータ喪失に関する事例です。

東京地裁平成13年9月28日判決(平成12年(ワ)18468号)

事案の概要

建築業者Xのホームページを管理していたISP業者Yが,メンテナンス作業中に誤ってXらのデータを削除してしまいました(データ復旧できず)。YからXに対し,仮に3000万円が支払われました。その後,XからYに対し,既払金を差し引いた約1億円の損害賠償を求めたのに対し,YはXに対して,3000万円は払いすぎたとして,約2600万円の返還を求めました。


この事故が起きたのは2000年です。容量10MBの契約で,Xはウェブサイトを開設して顧客の誘引を行っていました(CGIなどはなく,その他にも動的な仕組みはなかった模様)。ウェブサイトはXとXから委託を受けた別の業者が作成し,ftpによってYのサーバにアップロードするという手続をとっていました。


ftpを知っている人なら当然のことですが,ローカルで作成したファイルをftpでサーバ側に転送しても,当然手元にはファイルが残ります。ですので,仮にサーバ側の全データが喪失した場合,格別バックアップを意識していなくとも,手元のファイルを利用して復旧させることはできると考えられるのですが,今回は,手元にオリジナルのファイルも残っていませんでした。


また,レンタルサーバ利用約款には,

当社は,契約者がEインターネットサービスの利用に関して損害を被った場合でも,第30条(利用不能の場合における料金の精算)の規定によるほか,何ら責任を負いません。


という,よくある免責規定がありました(第30条は,簡単にいえば使えなかった期間に応じて利用料金を返還するという規定です)。

ここで取り上げる争点

以下の2点を取り上げます。

  • (争点1)Xがバックアップをとっていなかったことから,損害賠償額が減額されるのか(過失相殺)。
  • (争点2)上記の約款が適用され,Yは免責されるのか。

裁判所の判断

まず前提として,本件データ喪失がYの過失によること,損害の総額が約1500万円であると認定されました。


争点1については,上述したようなX側でデータが残っていなかったことが問題となりました。この原因は,喪失の数ヶ月前にXのパソコンがクラッシュしたことにありました。そうだとしても,逆にサーバからftpによって自己のパソコンに復旧することもできました。にもかかわらず,放置していたという点を重視し,過失相殺の割合を2分の1と認定しました。


つづいて争点2ですが,免責規定の適用は認めませんでした。その理由の一つに,

Yの積極的な行為により顧客が作成し開設したホームページを永久に失い損害が発生したような場合についてまで広く免責を認めることは,損害賠償法を支配する被害者救済や衡平の理念に著しく反する結果を招来しかねず,約款解釈としての妥当性を欠くことは明らかである

としています。


結局,裁判所は,損害として認めた約1500万円から2分の1の過失相殺をし,Yが賠償すべき損害額を約750万円としました。その上で,Yはすでに3000万円支払っていましたから,差額精算ということで,XからYに対して払いすぎた2200万円余りの支払いを命じました。

若干のコメント

争点1については,5割の過失相殺をどう見るのかが問題となりますが,ftpでやり取りしていながら手元になった,という稀有な状況でも5割の損害賠償が認められるというのは,ベンダにとって厳しいと感じました。一方,ユーザとしても,自分のデータは自分で守る,という意識は重要です。仮に賠償によって一定程度の金額が戻ってくるとしても,データを金額に換算することは困難ですから,結局十分な補填が受けられることにはなりません。


さらに争点2の判断からわかるとおり,ベンダにとって「免責規定があるから常に安心」ということにはならないことが明らかになりました。よく,システム運用・保守契約で,「賠償範囲は,月額業務委託料を上限とする」という規定をよく目にします。しかし,担当者の故意または重大なミスでユーザに損害を与えた場合には,この規定によってベンダが保護されるとは考えないほうがよいでしょう。


つい最近,ブログサービスDoblogが長期間にわたってサービスを停止するという事故が起きました。通常はブログの記事は,ブラウザ上のエディタを使用して作成するため,本件のftpを利用した仕組みと異なり,自動的に手元のPCにデータが残るということにはなりません。そのため,データ喪失に関する過失相殺にはまた異なる判断がなされる可能性があります。