Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

本当にあったミス(4)

いちおう,3回続いた本シリーズも今回で最後。最後のは一番シリアスなミスと言えるだろう。

Excelコメント機能にも注意

今回は,Excelのコメント機能に関する事件である。これは,私がA社のプロジェクトでプロジェクトマネジャーをしていたときのこと。A社はB社に対してシステム開発を委託していたが,トラブルになっていた(なお,私が体験した事実をもとに書いているが,多少デフォルメ,抽象化している)。


本題に入る前に,システム開発でよくありがちなトラブルについて少し触れておく。システム開発でよく生じるトラブルの一例として,受託者が

いろいろ後になって設計段階では言われていなかった注文をつけられた。これは仕様変更だから追加費用を払ってください

と言うのに対し,発注者は,

その部分は設計書に書いてなかったかもしれないが,それを実装するのはプロとして常識。実装してなければ瑕疵(欠陥)なのだから,当然費用なんて支払わない

というケースがある。しかも,問題になるケースが発生するたびに上記の協議を行っていればよいのだが,納期の関係で,担当者レベルでどんどん進めてしまって,後になって「やっぱりお金を払ってください」と言い出すケースも少なくない。


本件では,B社(受託者)がA社(発注者)に対して,上記の主張をしていたのだが,その「仕様変更リスト」をテーブルの中央に置いて,個別に両者で激論を交わしていた。そのリストには確か200行ぐらいあって,その一つ一つにつき,「わかった,これは追加費用を支払いますが,そんなに(費用は)かかってないでしょう」とか,「これを頼んだときは気軽にOK出してくれたのに,後になってこんなに費用請求されるのはおかしい」などというやり取りを行った。


交渉が進んできた頃,そのリストにA社側の見解を記そうということになり,B社のリーダーが,私宛に上記のリスト(Excelファイル)をメールで送付してきた。私は,そのファイルを開き,タイトル行のいくつかのセル右上に赤い印が付いているのが気になった。


前置きが長くなった。Excelには,セルにコメントを挿入する機能がある。普段は画面表示や印刷時に見えないのだが,マウスカーソルをそこに合わせると付箋のような小ウィンドウがポップアップされてきてコメントを表示させることができる。交渉時には紙媒体でやり取りしていたので当然,気付かなかったが,電子ファイルではコメントを参照することができる。


B社から送られてきた例のリストのコメントには,「依頼の経緯」と書かれたセルのコメントに,

いかにもA社に頼まれたように書く

とあり,「対応方法」と書かれたセルのコメントには,

できるだけ大変そうに書く

となど書かれていた。


これを見た私は,B社に対する信頼を100%喪失した(当時すでに失っていたが)だけでなく,誠実に交渉を続ける意欲も失った。さらに,セルのコメントには,MS-Wordのコメントと同様に,コメント挿入者名が入るようになっている。その人物は,B社のリーダーではなかったが,小隊長格の男であった。


結局,このファイル送信が直接の原因ではないが,その他の要因により,B社との交渉は決裂し,裁判になってしまった。


事案が複雑だったため,調停に回ることになった。1年ほど経過したある調停期日で,B社は「A社がこんなにもいろいろと後から仕様変更を言ってきたので大変でした」ということを立証するため,例のリストを証拠として提出した。


当時,私はロースクール生で,もともとA社の人間でもなかったが,このプロジェクトに深くかかわっていたため,A社に協力していた。この証拠が出されたのを見て,すぐに例のコメントの件をA社代理人弁護士に伝え,コメント部分を印刷する設定にして印刷し,その当時の状況を陳述書としてまとめて証拠化し,次の期日で提出した。


あくまで仕様変更云々という話は,主たる争点ではなかったので,これによって結果に直接影響を与えたとは言えないが,少なくとも調停委員らに対し,B社の不誠実な態度は伝わったと思われる。もしかしたらB社代理人も,このコメントの存在をB社の担当から知らされていなかったかもしれない。


・・・と,Excelのコメント機能ひとつで,多大な影響を及ぼす可能性がある。


もっとも,ここまで取り上げてきた変更履歴や,プロパティ,コメントに関するミスの事例は,いずれも慎重にやれば防げるものばかりである。また,編集をさせる必要がない場合には,生データではなく,pdf化するなどの方法もとるべきであろう。