Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

平成20年度新司法試験試験の採点実感等に関する意見

法務省の新司法試験情報サイトより。


http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h20kekka01-9.pdf


全体で38頁,必須科目の部分だけでも19頁もあるので,全部を読んだわけではないし,試験問題そのものを見ていないので何ともいえないところだが,ここで書かれている採点者の印象としては,第1回,第2回とあまり変わっていないようである。


中でも,

表現の自由」がテーマであったためか,逆に,パターン化された答案が目につき,「型にはまった論述」が少なからず見られた。(1頁)

不正確な抽象的法解釈を機械的に暗記し,これを断片的に記述しているかのような答案も見受けられた(18頁)


などという記述は,昔から指摘されてきた論証カード暗記型答案に対する批判だと思われる。こうした答案作成法に対するアンチテーゼとして法科大学院制度が発足されたという面もあり,くりかえしここ数年,こういうことはやっちゃダメと指摘され続けているのに,まだまだこの手の答案が散見されるということは,ある意味,まっとうな勉強をしている受験生にとっては合格可能性が上がることになるだろうから,ありがたいことである。


以前にも書いたことだけれど,答案作成に求められる要素としては,「知識」「分析」「表現」の3つからなるところ,暗記によってカバーできるのは「知識」の部分だけである。逆に,法律学においては「知識」を暗記によって習得することは必須なのであるが。「分析」「表現」は,暗記によってカバーできないにもかかわらず,論証パターンを暗記して論文全体を乗り越えようとするのには無理がありすぎる。やはり,「分析」は,思考訓練によって鍛えられるべきものだし,「表現」は,いい文章を読んだり,自分の考えをしゃべったり書いたりすることによって鍛えられるべきものだと思う。


確かに,暗記によって定着した知識は,試験場では頼りになる。一方で,分析力,表現力をいくら鍛えたつもりでも,身についたんだかなんだかわからないから,どこまでやっても不安は解消されない。だから,当日を安心して乗りきるために「記憶」によって「知識」以外の領域もカバーしようという受験生の心理はよくわかる。


新司法試験の合格率は,旧時代に比べると格段に向上したようでも,やはり難度の高い試験であることには変わりなく,受験者はそれなりのリスクを取らない限り,果実は得られない。「知識」によって「分析」「表現」をカバーしようとしても,リスクをヘッジしたことにはならず,かえって悪い方向へ向かっているんだということは,上記リンク先文章を読んでもわかる。