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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

超過勤務手当と超高額収入

次回の労働法ゼミで取り上げられる判例の争点は,いわゆるプロフェッショナル職の残業代に関するものであり,なかなか興味深い。


実はこの判例,昨年秋に東京地裁で出されたもので,当時,一般紙でも(小さめに)報道されるなど,それなりに話題になったものである。それは,外資投資銀行のM社を退職した原告が,会社を相手取って,約800万円の超過勤務手当(残業代)の支払を請求したが,棄却されたという事件である。


残業代込みで給料を支払っていた場合,その給料の内訳で,基本給と残業代の区別がなされていないときには,サービス残業を助長するおそれがあるから,労働者は,残業代を請求できる,というのが,それまでの判例であった。その規範をそっくりこの事件に当てはめれば,請求が認められるようにも思えるが,認められなかった。


この事件の特徴として,(1)原告は外資投資銀行では,残業代が支給されないことを知っており,(2)原告の月額基本給は約183万円で,ボーナスなども含めると約5000万円ほど支給されており,(3)業界の慣行としても,残業代込みで高給を支払うのが一般的であった,というところなどから,残業代は基本給の中に含まれていたと考えるべき,という判断がなされた。


結論としては,まあ,妥当なところだろう。それにしても,原告は退職するまでの約6年間,計300万USドル以上支給されている。それだけの高給取りが,残業代約800万円の支払を求めていたのだから,争いの根本は,別のところにありそうである。


業種は違うが,私が新入社員だった頃は,「残業代」というのはとても大きな関心事の一つであった。我々もいわゆるプロフェッショナル職だったが,一定のクラスに到達するまでは,制度上,残業代が支払われることになっていた。しかし,運用上,2つの問題があった。


1つは,同じだけ働いても,プロジェクトの予算,パートナーの裁量などによって,支払われたり,支払われなかったりするという不平等が存在していた。その差は無視できないほど大きく,超長時間労働が常態化していたから,20代半ば頃の月額手取り額で,40万円ほどの差が生じることもあった。2つ目の問題は,時間をベースに支給するとなると,「仕事の遅い者ほど儲かる」仕組みになり,効率的に仕事をこなすというモチベーションが削がれていた。これは,かなり制度の本質的な問題である。


これらの問題点は,私が退職した6年前には存在していたが,今はどうかわからない。私も,今になってみれば,過去の大量のサービス残業労働について,超過勤務手当を請求できそうな気もするが,賃金請求権は2年間で時効消滅する(労働基準法115条)ので,もうムリである。